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2014年12月23日火曜日

「J-Rocks」を見ながら、インドネシアのポップス&ロック音楽業界について。



「J-Rocks」というロックバンドを見ながら、インドネシアのポップス&ロック音楽業界について。

僕がインドネシアに来てびっくりした話はたくさんありますが、またその中での1つのお話。
「J-Rocks」というロックバンドの傍にいることで考えてみました。もちろん100%が真実であると言い切ることはできませんが。

たとえば彼らが、レコード会社(出版権を持つ)でメジャーデビューした場合に、まずデビューを決定してくれた担当者、初めのプロデューサーの元(その会社の中の人)で、会社との間で出版契約になるようです。そして担当の事務所も決まり、日々の管理をするマネージャや楽器の管理や身の回りの世話をしてくれるボーイが付きます。


 この写真はシングルカットの記念写真

そしてレコーディング・宣伝・キャンペーン・テレビ局・ラジオ局周りとなります。
仕事も増えて行くということになるでしょう。

しばらくすると、その担当者(プロデューサー)は、他のアーティストを見るために、忙しくなり、さまざまなサポートができなくなります。なので、アーティスト自身に専門のプロデューサーがいなくなります。

では、アーティストの将来については、誰がどのようにサポートしていくのかということになります。たぶん日本であれば、所属事務所あるいはレコード会社の担当プロデューサーが中心となって、アーティストと相談しながら決めていくのだと思います。

でもこちらのかなりの大物アーティストでさえ、周りでサポートしてくれて、これから行く道に一緒に付いてきてくれるプロデューサー的な人は、稀のようです。

また見方を変えると、現状では本気でなり音楽だけで、身を立てるというアーティストも多くないのかもしれません。
たとえば世界に打って出るとか。音楽で金を儲けたいなどなど。

なぜなら、元々インドネシアのアーティストと呼ばれている人たちの多くは、かなりお金を持っている人たちのようです。ですから、音楽で多少食えなくても、それなりになんとかして生きていくというのがこちらの現状のようです。


さらに、いわゆる先進国で言う所の音楽ビジネスの原型がまだ出来上がっていないのかもしれません。

だからなのか?基本的にその体質なのか、麻薬に手を出したり、その他アーティストやメンバー間のトラブルが表面化して、その姿を徐々に消していきます。

では、制作される作品、曲はどのようにできてくるのでしょうか?
2年程度前に彼らのレコーディングで聞いた話を元に考えてみます。

どうやら1曲1曲についてのプロデューサー、またはスポンサーが居て、金銭面で、彼らのサポートをするようです。でもその歌に対する注文はあまりしないようです。

そして、この5年ぐらいよくある話なのですが、どんなに魅力的なアルバムを作ってもCDセールが正直ぱっとしないのが、もしかしたら日本以上に困った話なのかもしれません。

ファーストフード店やコンビニストアーとのコラボでアルバムが制作されるケースがよくあります。お客様獲得のためにこのようなことをやるようです。

このお金を出すファーストフードやコンビニ側は、この商品を店に置いて販売します。ですからもちろん、一般的なミュージックCDショップではこのアルバムは並びません。特別な商品になるわけです。

そこで、レコード会社は製作費を工面して、売れないであろうが、お金を肩代わりしてくれる人たちの元にアルバムを卸すことになります。

さらにさらに、上記とは別に、アルバムが制作されたとしても、各レコード会社が必ず販売店を持っているわけではないので、ミュージックCDショップには置けない場合があるのです。
直営店であれば、もちろん自分の所で制作された商品であれば販売できますが。
販売に特化した音楽CD販売会社もあるようですが、さまざまな絡みもあり、あるレコード会社のCDは店頭に並ばないという場合もあるようです。
これはきっと、ローカルメジャーレーベルの力関係でしょう。
 
ところで、僕が応援しているJ-Rocksですが、彼らは今、どうしているかと言えば、アルバムレコーディングは終わってはいますが、アルバムの発売には至っていません。この中から1曲ずつのシングルカットということで、世の中に流れていきます。テレビ・ラジオ・コンサートで初めて、お目見えすることになるわけです。

今彼らは、テレビやラジオ出演。さらにイベント出演や国内コンサートツアーをしながら、そのロードで稼いでいるようです。

そんな彼らも日本の「ラルクエンシェル」に憧れ、コンテストで勝ち上がってきた、魅力的なバンドです。10年になりますが、そのクリエイティブな考えや音楽に対する真面目な姿勢は、傍にいていつも好感が持てます。もちろん音楽的にも尊敬できるメンバーばかりです。
是非、ご興味のある方は、一度Youtubeなどで検査してみてください。
検索ワードは「J-Rocks Indonesia」で出てきます。応援してみてください。

彼らは、日本に打って出てツアーもやりたいと思っている、珍しいロック魂を持っている若者たちです。是非応援してください。

2014年12月3日水曜日

【Aishiteru】の日本語でのカバーがHatsuneMikuヴァージョンに?!



久しぶりに「管理者で」アクセスを見ることにしてみました。自分のYoutube のアドミンでのアカウント「Kazu Jakarta」


するとどうでしょうか?びっくり
現在のアクセスの筆頭は、やはり相変わらず【Aishiteru】の日本語でのカバーですが
次に来るのが、【laskar pelangi】の日本語でのカバー曲が続いています。

さらに、「ジャカルタ音頭」についてみると、正式なビデオのオリジナルバージョンとダンドットバージョンを加えると、10.000回を超えるまでにきました。
その他にもいくつかバージョンがあります(笑)

さらにびっくりすることが、先日ありました。この【Aishiteru】の日本語でのカバーを見て、あるインドネシアの子が問い合わせをしてきました。

これを、Hatsune Mikuでカバーしてもいいかというではありませんか?
世の中も変わったなーと面白がってOKを出すつもりです。
さてどうなることか。楽しみですね。
この日本語については、もちろん彼ら、Ziviliaに話は通っていますよ。

また、余談ですが、
これらの数字を見ているとどうやらお得意様が居て、リピーターがいるようです。だからある程度の数字よりは落ちない。知らない人が見つけてくれて、アクセスの全てが初めてのアクセスというわけではないようです。

以上Youtubeネタでした!

2014年11月20日木曜日

Mall Bintaro exchange でライブの J-Rocks

Mall Bintaro exchange というモールで行われた先日のライブ

 用意された楽曲ですが、始まってすぐの停電で、予定のない歌も歌っていました。
その辺が、お客さんを楽しませる彼らのキャラクターが出ています。


メンバーといっしょに歌うオーディエンス、ファンたちは、一緒に歌うことがとても大好き。
それを通じて、一緒である。応援しているということも感じているのでしょうね。

最後にみんなで一緒に写真を撮りました。
大喜びですね。

2014年10月10日金曜日

駐日インドネシア共和国特命全権大使「ユスロン氏」の2004年総選挙応援歌(月星党PBB)

Yusron Ihza Mahendra dilantik sebagai Duta Besar (Dubes) Luar Biasa dan Berkuasa Penuh Republik Indonesia untuk Kerajaan Jepang



先日東京に帰ることになり、さらに相棒の服部氏より連絡があり、彼も参加する「日本人がインドネシアの歌を歌う会」ラグラグ会のパーティに参加することができました。10月4日(土曜日)のことでした。

出発する前のジャカルタにいる時から、2013年の12月頃に、駐日インドネシア国大使になられたと聞いていたので「ユスロン氏」のことを考えていました。


~~~~~~~~~~
するとどうでしょう。少し遅れていった僕ですが、
偶然、丁度受付でこのユスロン氏に会うことができました。トイレから出てきたところらしく。


このパーティで、もしかしたら彼も参加するのではないかと思い楽しみにしていたのです。

突然声を掛けさせていただいたのに、快く話をさせてもらい、
この歌のことを尋ねると思い出してくれて、仲良く握手をさせていただきました。
レコーディングのお話はまた後日をさせていただきますが、とても懐かしかったです。

https://twitter.com/KBRITokyo/status/518299901415792641 
インドネシア大使館Twitter:@KBRITokyo

そうなんです。2004年に出馬した時に選挙で使う歌、その歌を
国会議員に初当選するために「ユスロン氏」が僕に依頼してきてくれたのです。

では、どうして彼に出会うことになったのか?彼がどうした僕にこの歌を発注してくるようになったのか?
これまた、とても偶然が重なっているのです。
丁度この頃は、Youtubeに自作やカバー曲をアップし始めた頃でした。

さらにその頃に、彼の息子さんと友達になっていました。
実は、SNSで知り合いで、当時直接3-4回会って話すこともあり、そこから彼のお父さんである「ユスロン氏」に話が行って、このような面白いこととなったわけです。

2014年9月4日木曜日のブログ
http://kazujakarta.blogspot.com/2014/09/fm.html

先日このブログでも少し書きましたが、この歌がまだPCの残っていましたので、ご紹介いたします。
この中にある議員さんというのが彼のことです。
2.友人のインドネシア議員さんに頼まれて作った「応援歌」
この下をクリックしてください。 Enjoy !!!

最後に...
「ジャカルタ音頭」を是非「NHK紅白歌合戦」へ連れて行ってください。
そして、今以上に日本人の方にインドネシアを知っていただき、もっともっと交流を深めていってもらう架け橋になっていきます。よろしくお願いします!

2014年10月9日木曜日

25年前にパフォーマンスをやっていたライブハウスの「江古田マーキー」

 

凄い!
僕が大学生の頃にライブ活動をさせてもらっていたあのライブハウスがまだ現役で残っている!
そのことにまずは、びっくり!

さらにその頃に同じステージで演奏していた、他のアーティストもまだそこでパフォーマンスをしているではないですか?
それに再度びっくり!

昔を思えば、当時僕は「MB」というバンドの名前「アコースティックバンド」二人組みで活動していました。
相棒は「有田」という彼でした。

それぞれがオリジナルを作り、アレンジをしてアコギ2台で弾き語りをやっていました。
当時のマスターはもう居ないと思いますが、当時居た「大橋渡」

間違いがなければ、彼はその時自分のPRのために「ワタル新聞」なるものを作っていました。見せてもらった気がします。


そのほかにも数人見かけますが、とても懐かしい感じがします。
もっと頑張ろうとも思いました。

「ジャカルタ音頭」を是非「NHK紅白歌合戦」へ連れて行ってください。
そして、今以上に日本人の方にインドネシアを知っていただき、もっともっと交流を深めていってもらう架け橋になっていきます。よろしくお願いします!

2014年9月24日水曜日

Personil J-Rocks belajar bahasa Jepang demi Album Baru (インターネットTVにて)


J-Rocksが「Personil J-Rocks belajar bahasa Jepang demi Album Baru」
https://www.youtube.com/watch?v=lDQkmmnZiIo


というYoutubeのサイトで、新しいアルバムについて語っています。



英語・インドネシア語・日本語の入った曲があると話していますが、その歌をサポートいたしました。
もちろん日本語の発音やイントネーションについてもアドバイスをさせてもらいました。
実は、このインタビューの時にも、同席しています。メンバーが時折左を向いて、何か言う場面がありますが、私がインタビュー中の彼らの写真を丁度撮っているところです。

”Hitori kami ga ite(Mr.Sonny: サングラスをしている向かって右後ろ) sonota dewa nakute(Mr.Iman:向かって右前)...

このアルバムは待って待って、レコーディングが始まってからは、1年以上近くも経っていて、彼らも首を長くして待っています。レコード会社の都合でなかなかアルバムが発売になれません。

でも正確には、10周年記念コンサートでは、この歌を含めてアルバムの中の歌は、2度だけお披露目されています。
確か、インドネシア国内のMalang という場所でそのコンサートが行われました。その時にお披露目されていますし、さらに、間違いがなければ、名古屋のコンサートの時も数曲歌われたはずです。

exblog ガドガドさんのサイトでも紹介されていました。
http://gadogado.exblog.jp/17489245/

2014年9月23日火曜日

今回もJ-Rocksに会って来ました。JJM2014(ジャカルタジャパン祭り2014)

 今回もJ-Rocksに会って来ました。JJM2014(ジャカルタジャパン祭り2014)でした。

そしたら、今絶好調の「加藤」くんとも合いましたし、JKT48の日本人の女の子二人とも
偶然会って、男性の入った写真は取れないけれど、子供たちならOKということで、彼らの写真を撮ってあげました。

女の子二人は、興奮状態でした。hahaha...


ところで、
今回彼らは、開催者の方から、日本のバンド「OneOKRock」とラルクの歌を歌ってくれとリクエストがあったということで、応えて歌っていました。

ボーカリストのImanは、「The Begining」という「OneOKRock」の歌詞を僕にしきりに聞いてきました。この歌は英語と日本語の両方が混ざっているようで、完全にこの歌詞の意味を把握するのは、難しいらしく。

ONE OK ROCK - The Beginning [Official Music Video]
http://www.youtube.com/watch?v=Hh9yZWeTmVM

これ自身は、いいのですが、是非彼らには、日本語の歌をインドネシアと日本の両方で歌ってもらいたい。
日本でもある程度有名なり、逆輸入みたいに、ブームメランみたいに、なればカッコイイと思います。

そのためにも、個人的には、僕は彼らのために、歌を作りましたが、これからも作っていこうと思っています。この僕と彼らの夢を叶えたいです。
先日、リッポーチカランの「桜祭り」で彼らとコラボしたのは、その歌「Otsukare Sama」でした。

それでは、JJM2014であった1コマのビデオをアップしておきます。
1つは、これからの活動をローカルテレビにインタビューされているもの
1つは、ドラムスのアントンがステージ上で、力いっぱいドラムを叩いている様子です。







2026年「Breaking borders with sound and words — it’s a journey with no end.(終わりのない旅)

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